東京地方裁判所 昭和24年(ワ)2269号 判決
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〔事實〕
原告はその所有に係る本件家屋を被告荒牧房子に對し、賃料一ケ月金百圓、毎月末日拂、期間の定なく賃貸していたところ、その後房子の父竹吉が右賃借權を承繼した。しかるに竹吉は昭和二十年十一月四日訴外永本タカに對し階下二室を月額五十五圓で、又同月五日訴外塩澤及び久保田兄弟に對し二階三室を月額百圓で原告に斷りなく転貸し、更に昭和二十一年九月上旬頃高橋某に對し階下三室を權利金三萬圓賃貸料百圓で転貸の約束をしたから、原告は竹吉に對し昭和二十一年九月二十日附同月二十八日到達の内容證明郵便で契約解除の意思表示をした。原告竹吉間の本件家屋賃貸借契約は右により解除せられたと主張した。被告は転貸の事實を認めたが、右転貸は原告のため本件家屋を管理していた訴外猿渡豊の世話で貸したもので原告の暗默の承諾があつたものであると抗爭した。
〔判斷〕
裁判所は永本及び久保田兄弟の關係について無斷転貸の事實を認めたが、無断転貸であつても、それが特別事情に基くものであり、且繼續的な信賴關係を覆すに至らぬ程度のものである場合には賃貸人はこれを理由として賃貸借契約の解除をなし得ないと判断し、原告の主張を排斥した。判決理由はつぎの通りである。
「昭和二十年十一月に訴外永本タカ、同塩澤・同久保田等が本件家屋に同居したことについて當事者間に爭がない。原告は右は無斷転貸であると主張するに對し、被告は原告の暗默の承諾があつたと抗爭するのでこの點について考えてみる。證人猿渡豊の證言によれば、右塩澤は猿渡の知人で、他に居宅建築中でその完成まで一時猿渡方に置いて呉れと依賴して來たが、猿渡方が手狹のため猿渡から竹吉に事情を話し一時荒牧方に同居させて貰つたものであることが認められ、建築完成までの一時のことであり殊に猿渡が戰時中原告の財産管理をしていたことから見て、右塩澤に對する關係は之を転貸と見ることは當らない。次に永本タカ並久保田兄弟の關係について考えて見るに、凡そ無斷転貸借契約解除の原因として規定した所以のものは、賃貸借契約が當事者の信賴關係を基礎として成立している以上、賃借人に背信行爲があれば契約成立の基礎が破壊されるから、賃貸人をして契約の存續を忍容さすべきではないとの理由によるものと解するを相當とするから、無斷転貸であつても、転貸が特別事情に基くものであり、且つ繼續的な信賴關係を覆すに至らぬ程度のもので、ある場合には賃貸人は之を原因として解除し得ないものと解すべきところ、證人永本タカの證言によれば、同人は今次戰爭に際し、戰災に遇い、行くところもなく困つていたところ、知人の紹介により一時荒牧方に身を寄せたに過ぎず、又同人以外の転借人も同様の事情から一時的假寓の居所になしたに過ぎないものと思われるし、殊に當時戰爭直後空前の住宅難に際會し餘裕住宅の貸與解放等の措置が強力に勸奬されていた情勢下にあつたことを考え合すと、永本等に對する転貸の事實は之を以つて直ちに本來の賃貸借契約を解除するに足る程當事者の信賴關係を覆し去つたと斷ずることはできないから、以上転貸を原因として契約解除ありたりとする原告の主張はいずれも採用するに由ないものといわざるを得ない」
附記、なお、裁判所は、進んで原告の豫備的請求である解約の申入についての判斷をあたえ、原告は解約の申入をなすについて正當の事由があるとして、結局原告勝訴の判決を言渡した。